歌
その誰も知らない芒ばかりの野を、馬で走った。何日も何日も、馬で走った。長い黒髪の女を鞍に乗せて、何日も何日も、馬で走った。
芒ばかりの野は、ふしぎに明るくて、刃のように光る芒のほかは、何もなかったが、何日も何日も、走りに走った。
長い黒髪の女を乗せて走ると、芒ばかりの野は、いよいよ、芒ばかりで、遙かな天の三日月は、いよいよ、遠く小さくなる。
歌のようなものを信じて、この世で生きると、ある日、ひとりの男は、芒ばかりの野を、どこまでも、馬で行かねばならない。
あえかに瞑目するものを鞍に乗せて、ただ一騎、どこまでも、どこまでも、行かねばならない。
芒ばかりの野を、馬で走った。あるいは、歌のようなもののもたらす偽りのなかで、美しいものと滅びるために、芒ばかりの野を、馬で走った。
信じるものにしか存在しない、芒ばかりの野を、馬で走った。長い黒髪の死んだ女を乗せて、何日も何日も、走りつづけた。
その誰も知らない芒ばかりの野で、一度、死に、さらに、もう一度、死ぬために、芒ばかりの野を、馬で走った。ただ、それだけのために、走りつづけた。
遙かな天の三日月に導かれて、歌のようなものが歌となるまで、虚無のようなものが虚無となるまで、何日も何日も、走りつづけた。
(「鄙歌」所収)
https://ameblo.jp/wife0407/entry-10385715325.html
関連記事