高村光太郎

パリ

私はパリで大人になつた。
はじめて異性に触れたのもパリ。
はじめて魂の解放を得たのもパリ。
パリは珍しくもないやうな顔をして
人類のどんな種属をもうけ入れる。
思考のどんな系譜をも拒まない。
美のどんな異質をも枯らさない。
良も不良も新も旧も低いも高いも、
凡そ人間の範疇にあるものは同居させ、
必然な事物の自浄作用にあとはまかせる。
パリの魅力は人をつかむ。
人はパリで息がつける。
近代はパリで起こり、
美はパリで醇熟し萌芽し、
頭脳の新細胞はパリで生まれる。
フランスがフランスを超えて存在する
この底無しの世界の都の一隅にゐて、
私は時に国籍を忘れた。
故郷は遠く小さくけちくさく
うるさい田舎のやうだつた。
私はパリではじめて彫刻を悟り
詩の真実に開眼され、
そこの庶民の一人一人に
文化のいはれをみてとつた。
悲しい思で是非もなく、
比べやうもない落差を感じた。
日本の事物国柄の一切を
なつかしみながら否定した。


「暗愚小伝」 より

同じカテゴリー(高村光太郎)の記事
雪白く積めり
雪白く積めり(2023-02-26 13:28)

必死の時
必死の時(2021-12-02 11:45)

冬が来た
冬が来た(2021-11-13 21:06)

根付の国
根付の国(2021-09-20 10:16)

 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
てぃーだイチオシ
カテゴリー
プロフィール
molin
最近のコメント
アクセスカウンタ
QRコード
QRCODE
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人