粕谷栄市

冷血

 いつ、どんな時代にも、生きてゆくために、個人が専門の技術を身につけなければならないのは、当然のことである。
 さまざまの仕事の中で、特に、私が選んだのは、猿を殺すことだ。猿を殺して紙幣に換えることだ。
 猿は多くの人々の集まるところにいる。何気なく人々に紛れ込み、猿を発見して、素早く、それを始末しなければならない。周囲を汚したり、悲鳴を上げさせたりしては、再び、仕事ができなくなる。
 鋭い鉤のようなものを使って、一瞬の間にそれができるようになるには、少年時代からの長い孤独な修練が要る。深い血の闇のなかで、まず、身近な人々を欺くことから始めて、全ての言葉を超える、猿と自分の不動の関係をつくりあげるのだ。
 普通の人々は、私の猿の存在を、一生、それと判らずに過ごす。しかし、私は、たとえば、虚数のように、それが何処にどんな姿で匿れていても、直ちに、その小さな赤い顔を見出して処理できるのだ。
 もちろん、他人のなかにも、私と同じ日々を送る者がいる。その卑しく愚かな、無垢の生命を奪って生きている者が。
 誰もきづかなかったが、今日、街で、一人の老婆はのしかかって、猿を殺している男を私は見た。幻のように彼は去り、あとに口をあけて倒れている老婆が残った。
 その時になって、ようやく、彼女のまわりに人々が集まって、騒ぎはじめたが、残念なことに、彼らのなかに私は、猿を見つけることができなかったのだ。

(詩集『悪霊』より)


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